言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.280 四半世紀をかぞえて

2018年08月21日

 ここ数日、わりと涼しさを感じる日がつづいていたが、今日は朝から陽射しが強く、夏らしい空が広がっていた。まさに太陽の力を総身に受けて、駅までの道を歩いたが、なつかしき旋律がよみがえって来るのとともに、私自身の存在の奥底から、強い力がみなぎって来ることを感じていた。

 今日8月21日は、藤山一郎先生のご命日である。ことしで25年。四半世紀を数えるに至った。おなくなりになったのは1993年のことだった。二十世紀のうちは、あえて紹介するまでもなく誰もが「ああ、あの方」というくらいには先生のことを知っていたが、塾の生徒のほとんどが二十一世紀生まれであるこんにち、四半世紀という時の大きさを、思わぬわけに行かない。

 この夏休み、昔ほど子どもたちのにぎわいはないようだが、「今朝ラジオ体操に行って来た」という声を、二度ほど聞いた。そのつど思ったのは、『ラジオ体操の歌』である。現在も多くの人々に親しまれているあの名曲は、藤山先生が作曲なさった曲であり、ご自身が歌われて、世に広めて下さった。小学生の頃、転居先での夏休みには朝のラジオ体操が全員強制参加で、そこで流されている「体操用」のテープの歌には、正直なじめなかったものだが、長じてからテレビで藤山先生が自ら歌って下さる『ラジオ体操の歌』をお聞きして、「こんなにすばらしい歌だったのか」と瞠目するとともに、体がふるえるような感激につつまれたことを思い出す。今朝はその時の力がもどって来たように思われたのだ。

 25年前のこの日、私は名古屋に住んでいて、営業の仕事を午前で切り上げ、午後は半休をもらって、豊橋から新幹線で上京した。居ても立ってもいられず、ご自宅へ弔問に駆けつけたのである。ご自宅では、お柩の先生に一人ずつ「献花」ができる祭壇をしつらえて下さっていた。ご生前にお目にかかる機会のなかった私は、この時はじめて先生のご尊顔をじかに拝して、ただ深く頭を垂れるばかりであった。献花させていただいた時には、先生の『懐かしのボレロ』が流れていた。四半世紀前のことではあるが、昨日のことのように覚えている。

 今年は春の終りに、祐天寺で知人と会う機会があり、自宅から歩いて行った。藤山先生のお住まいの辺りを、もとおるためである。25年前に弔問に伺った日からしばらく経って、家内との結婚を内々ご報告するつもりでお近くを歩かせていただいた日以来のことになるから、二十何年ぶりのことだった。油面(あぶらめん)というご近所の一帯は、閑静な住宅街だが、凛とした空気の中、いつも私を先生がやさしく迎えて下さるように思われる。そして毎年誓うことだが、先生から受け継がせていただいたものを、今後も心して、守り、伝えて行かなければならないということが、強く感じられた。四半世紀をかぞえたご命日の今日をむかえて、あらためて自分自身のなすべきことと心に思う次第である。


2018年8月21日
小田原漂情
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Vol.279 「言葉」と「行ない」とを

2018年08月15日

 今日、全国戦没者追悼式を見ていて改めて感じたことは、「言葉」の持つ深さと重さであり、それは「行ない」に裏打ちされてはじめて深遠な意義を有するのだということである。

 全国戦没者追悼式での天皇陛下のお言葉は、今年が最後のものとなる。「過去を顧み、深い反省とともに」という一節を、今日意味深くお聞きしたが、過去を顧みるために陛下が取り組んで来られたことを思いみるとき、冒頭に掲げた「言葉」と「行ない」との関連の強さを思わずにいられない。

 「言葉」について記すのは、私自身が言葉とともにあるなりわいに身を置いており、言葉の大切さを子どもたちに教えているほか、折々言葉によって自分自身の考えを表明する日常にあるからだ。「言行一致」「言うは易く行なうは難し」など古来の格言にもあるが、言葉を口にするということは、行ないをもその言葉に添わせなければならないことであって、つねに己が身を省みる必要を負っている。そのことを、改めてわが身に問いつづけなければならないと、深く感じた次第である。

 あわせて「平和を祈る」ことを継続し、行ないの伴った言葉を語りつづけることを、私自身の「言葉」として、今日ここに記しておきたい。 

平成30年8月15日
小田原漂情

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Vol.278 平和への思いを

2018年08月09日

 今日、平成30年8月9日の田上富久長崎市長の長崎平和宣言から、「平和への思いは共有できます」という言葉を、深く受けとめたい。もちろん、あらためて深く、という意味においてである。

 平和祈念式典が行なわれていた時間、私は塾で小学生の授業に当たっていた。夏休みの読書感想文指導のために、低学年、中学年、高学年と大きく分けて用意してある本の中から、今年は『ガラスのうさぎ』を3人、『つるにのって』を2人が選んだ。後者は「原爆の子の像」の佐々木禎子さんをモチーフとした本(原案ミホ・シボ/1994年4月初版 金の星社版)で、短編アニメーション映画「つるにのって」をもとにしたものだという。

 子どもたちが本を選ぶ前に、こちらから内容に関する話は一切しない。年齢に合わせいろいろなテーマの本を示してある中から、子どもたちが自分で選び出すのである。一人一人の子にどのような経緯があって、それらの本を手に取る結果につながっているのかを、聞くこともない。家庭や学校、そのほか彼ら自身がこれまでの何かの折に、何かしらのことがらを見聞した経験が、こうした機会に「本を読んでみよう」という行動に結びつくのであろう。

 私自身は、高校の修学旅行と満30歳の夏の二度、長崎をたずねている。広島は、大学時代とやはり30歳手前のころ、そして言問学舎で『碑』の授業をはじめて4年目の平成18年の夏に訪問しており、双方の資料館等で購入して来た書籍も何点か、塾の書架におさめてある。また『はだしのゲン』全巻も書架にあり、こちらは子どもたちが自発的に手にとる機会も多い。

 今日の長崎平和宣言は、長崎の核兵器廃絶運動をけん引して来た二人の被爆者が、昨年他界したことにふれ、その思いを引き継がなければならないと述べている。その思いとは、「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いだという。

 『ガラスのうさぎ』と『つるにのって』を読んだ生徒たちの中に、もう戦争はしないと誓った日本国憲法を、それぞれの主人公がよろこびを持って受けとめたというくだりが心に残ったと書いた子たちがいる。彼らは自ら本を手にとり、自分たちの感性で受け止めて、その部分をとり上げたのである。

 「平和への思いは共有できます」という長崎平和宣言を、みなが受けとめられる可能性があることを、この子たちも示していると言えるだろう。私自身も、まだまだ新たな取り組みの方向性をさぐって、自分のできることを増やし、続けて行かなければならない。
 
平成30年8月9日
小田原漂情
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