言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.249 私と百人一首のことなど

2016年01月14日

 「百人一首」を国語指導におけるひとつの強力な題材とすることは、平成15年6月、およそ13年前に言問学舎を当地(往時は本郷6丁目で、直線距離では100メートル以内)で創業した時から、掲げていたことであった。私自身、歌人のはしくれであるとともに、小学生から中学生、そして高校生へと成長してゆく過程において、百人一首に深く親しみ、多くのものを受けとってきたことを、自覚していたためである。その自覚は、今なお変わらぬばかりか、より深くなっている。言問学舎で百人一首を教えるたびに、五・七・五・七・七の短歌の詩形が、年齢を問わず、日本人の心の深いところをしっかりつかむものだということを、実感しているからである。

 五・七・五・七・七のリズム、音韻の効用というようなことは、幾度か述べさせていただいているから、今日は私自身と百人一首との出会いや、いくつかの記憶などを、お話ししてみたい。

 百人一首との出会いは、家庭における正月の行事においてであった。私が小学校4、5年くらいの頃だったと思う。言問学舎の百人一首大会で使っているのと同様のセットを父が買って来て、我流ではあるが肉声で詠み上げてくれ、兄や従兄弟たちと札取りに興じたものである。父はいわゆる「文系」ではない、町工場の個人経営者だったが、兄や私の国語教育、情操教育ということを考えて、そうしてくれたのであろう。また、後年私が短歌を書くようになり、ほうぼうを旅して歩くようになると、父は自分が知っている地方の古い話、たとえば出雲のたたら製鉄のことなどを話してくれたが、父自身にも文学に対する深い思いがあったのかも知れないと、近ごろになって時おり思うことがある(父は4年前の春に他界)。

 家での百人一首(札取り)は、2、3年ほどしか続かなかったが、中学では、3年間韻文学クラブで活動した(正課内の必修クラブ)。この時、国語、文学としての百人一首を、はじめて学んだわけである。その時の恩師、大和市立渋谷中学校のA先生(事前にご了解をいただかないため、A先生とさせていただく)には、百人一首ばかりでなく、国語の授業の時間も含めて、音韻、音読の重要性を教えていただいた。今、「おくのほそ道」の平泉のくだりを音読する時、A先生が読んで下さったしらべがそのまま私の土台となっていることを実感する。書画にもご堪能な先生で、当時文化祭の際にいただいた色紙や短冊は、私の国語、文学に対する根の部分を形成してくれたのだと言えよう。数年前、鎌倉での個展にお邪魔したが、先生は絵の道を究められ、その筆致や色づかいには、むかし私どもをつつんで下さったあたたかさに通じるものが感じられた。

 高校は神奈川県下の進学校で、生徒に関しては理系優遇のきらいがあったが、1年生の正月休み明けに、学年全体(550名ほど在籍)の百人一首大会があった。ここぞとばかりに臨んだ結果は、3位であったが、賞品として古語辞典をいただき、それは今でも言問学舎の書棚にあって活躍している。

 また百人一首とは異なるが、この高校では、文学にのめりこんで成績が低迷していた私を救い上げて下さった、お二人の国語の先生とも出会うことができた。その先生方、ことに2年生の時にご指導下さったY先生のお導きによって、独りよがりの世界から本当の国語の世界を知るにおよんで、まず国語の成績が飛躍的に伸び、ついで全体の成績も向上するに至ったという経験がある。そのY先生が昨年、鬼籍に入られたとのお知らせをいただき、父同様に別れは避けがたいと知りながら、相州大山の山頂近くでいろいろ文学のことをお話し下さった温顔が、しばらくまなうらに浮かんでやまなかった。国語を教える職にある以上、国語を学ぶ意思のある生徒の力になることで、ご恩返しをするほかないと誓う次第である。

 高校時代から書きはじめた短歌は、十代後半から三十代のなかばまで、私の表現活動の中心だった。一時は短歌こそが、生きる道のすべてと考えていたこともある。言問学舎創業の前後から、しばらく休筆せざるをえない時期があり、7年前に復帰してからは、小説が主になってはいるが、自分自身のうちから短歌という詩形、五・七・五・七・七の音韻が消えることは、決してあるまいと確信している。今でもその音韻に、えもいわれぬあたたかみを覚えるし、古来、この詩形と五・七・五・七・七の音韻は、数えきれぬほど多くの魂をなぐさめ、救って来たのである。

 現在私は、言問学舎で国語と百人一首を教えているほか、Web 文学サイト「美し言の葉」、および言問学舎を会場とする「桜草短歌会」の活動を通して、少しく短歌とかかわりつづけている。百人一首との出会いがもたらしてくれた多くのもの、とりわけ短歌という詩形と、ともに学ぼうという思いを持って下さる方々と、力を合わせ心を通わせて、歩んで行きたいと願うものである。


posted by hyojo at 15:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記