言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.273 10月26日、わが夢わが歌

2017年10月26日

 週末二度にわたっての台風と、昨日も雨だったので案じていたが、今日は秋らしい快晴の一日となり、灰田勝彦先生のお墓参りを無事にすませることができた。港区内にあるご墓所は日当たりが良く、差し上げたお水が午前の光にきらめいて、こちらの心も澄みとおるように感じられる。また一年、元気に生きてまいりました、今はこんな仕事を手がけています、など心中ご報告するならいも、もう十年以上になった(ご墓前でなく、この日に先生を思うことだけなら、35年間欠かしたことはない)。

 それから出社して、先生の「わが夢わが歌」を歌わせていただいた。佐伯孝夫作詞、服部良一作曲のこの歌は、昭和24年(1949年)7月に発売されたが、その12月に、灰田先生は結婚なさっている。奥様は、昭和15年(1940年)に知り合われたハワイ生まれのフローレンス・君子夫人で、戦時中は日本とハワイに離れ離れでありながら互いに思いを深めておられたが、戦後も4年経ってようやく結ばれることになったのだと聞く。

 この歌は、悲しみを伴わない、純然たる愛の賛歌である。戦争で結婚はおろか、行き来して会うことさえもできない苦しみの中に置かれながら、お互いを信じて待ちつづけた9年間は、どれほど長かったことだろう。そしてまた、晴れて君子夫人を日本に迎えることができるようになった時の先生の喜びは、いかほどのものであったろう(印象深い高峰秀子さんの述懐があるのだが、本日は引用をひかえさせていただく)。今日はお墓参りをしていて、墓碑の側面に彫られた奥様のお名前を拝見するうちに、この歌のことをどうしても紹介したいと感じた次第であった。

 先生が亡くなられて、今日で35年。かつて自分自身が生まれてから35歳に至るまでの悲喜こもごもの年月を思うと、その時間の長さが如実に感ぜられる。19歳の時からそれだけの長い時間を、灰田先生のおかげで私は生きて来ることができたのだという、感謝の思いとともに。今日はそのことをお話しして、35回目のこの日の結びとしたい。

 https://www.youtube.com/watch?v=_Sy8fT5Jk94 わが夢わが歌

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Vol.272 鈴懸の径、森の小径のこと

2017年10月16日

 今日10月16日は、故灰田有紀彦先生のご命日である。今年は特に、先生が作曲され、弟の勝彦先生が歌われた、『鈴懸の径』と『森の小径』のことを、お話ししたい。

 作詞はいずれも佐伯孝夫氏で、『鈴懸の径』は昭和17年(1942年)、『森の小径』が昭和15年(1940年)に発売された。どちらも「灰田メロディー」を代表する大ヒット曲であり、また長く歌い継ぐべき、美しい佳曲である。

 さて、この2曲の灰田メロディーには、現在のわれわれにとって深い示唆をふくむ、かなしい歴史が付随している。多少とも客観的な記述とするため、私自身の旧著で恐縮ではあるが、1992年10月刊行の『遠い道、竝に灰田先生』より、『森の小径』についての一節を引用させていただきたい。

 <今では書名も著者もわからなくなってしまったが、大学の図書館で見つけたある本に、次のような意味のことが書かれていた。「ある意味で、もっとも灰田勝彦らしいと言える一曲。淡い夢さえも現実には見ることを許されなかった戦時下の若者たちが、ひそかに愛唱したという。ある飛行兵は毎日わずかな空き時間に、基地のはずれでひっそりこの歌を口ずさみ、飛んで行って、そして再び帰らなかった。」>

 『森の小径』は、美しく清らかな、淡い恋の歌である。日中戦争から太平洋戦争へと局面が進み、戦況がきびしくなるにつれ、国内でも物資の不足、生活の窮乏が著しくなり、当たり前の男女の交際なども許されない風潮になって行った。引用した本の飛行兵の例などは、異性にあこがれの気持ちを持つことさえ押さえられ、『森の小径』という歌の中に、切ない思いをせめても託していたのである。このような青少年は数多く存在したし、歌われた灰田勝彦先生は、あの歌で救いのない道を生きる若者が少しでも夢や希望を持ってくれたのだとしたら、歌手になってよかったし、歌手として本望だったと述べられている(前掲書および「ビッグショー/青年66歳」より)。

 『鈴懸の径』は、立教大学構内に勝彦先生の筆跡の碑が現存しており、立教大学の鈴懸の径をテーマに青春の友情を歌っている。各種のアレンジによって、世界的にも広く知られたメロディーである。そしてこの歌も、「友情」をモチーフとして、死の待つ戦線へ出撃して行く往時の若者たちに愛唱されたのである。どちらの曲も美しいメロディーに、美しい言葉がのせられて、多くの若人たち(その方たちは私たちの先人である)の心をつかんだ。そしてその歌への思いを胸に、将来ある若い先人たちが、戦争で不幸な死を遂げられたのである。

 あらためて述べるまでもなく、現在わが国をとりまく情勢は予断をゆるさない。その中で、「戦争がはじまるのは止むを得ない」などの言葉も、目にすることがある。しかし止むを得ない、しかたがないなどと皆が考えてはいけない。もしそうなってしまったら、自分の愛する人が命を奪われ、生活基盤も失われ、当然自分自身の命さえ、失われるかも知れないのだ。当たり前のことを、当たり前に発言できる社会の中で、発言すべきことを発言しなければならない。灰田有紀彦先生のご命日に、今年はこのことを述べさせていただきたい。



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