言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.301 2021年(令和3年)3月11日

2021年03月11日

〈本日の記事のみ、敬体で記します。亡くなられた方々のことにふれるためです。〉

 当ブログでも幾度か書かせていただいておりますが、10年前の今日、2011年(平成23年)3月11日の14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0(当初発表は8.8)の巨大地震が、東北地方を中心として東日本を襲いました。1万8千人以上の方が亡くなられ、今なお数千人の方が行方不明のままだと聞きます。昨日、今日の報道では、現在も4万1千人の方が避難生活をつづけておられるとのことでもあります。

 10年前の震災当日夜に、東京都文京区でのその時の様子を記し、それから数ヶ月は震災関連のことを中心に当ブログを書いていました。津波の被害を受けた沿岸諸地域へは、2012年9月にいわき市小名浜地区を一度訪れ、昨年〈2020年〉9月に東松島市の野蒜、宮戸島から、石巻、女川、志津川〈南三陸町〉、気仙沼市唐桑地区、陸前高田、大船渡、釜石、大槌〈浪板海岸〉、陸中山田、宮古の各地を回って、手を合わせてまいりました。

 この10年、各地の復興は、当事者である方々の筆舌に尽くしがたい苦難の上に、進められて来たものと思われます。傍から見た印象だけでものを言うことは控えなければなりませんが、私が直接訪ねた場所に限っても、女川、志津川、陸前高田はかつて町のあった場所が全面的にかさ上げされ、往時の町の印象は残されていませんでした。10年前の津波は、それまでの人々の生活を根底から変えてしまい、そこに住む方々の日常も、また根底から変わってしまったのであろうということが、ありありと見てとれました。

 あの日、私自身は東京にいて、生命の危機に直面したわけではありません。しかし、二十代から三十代にかけての若き日々、親友が気仙沼にいたことから、たびたび足を運んでいた三陸の沿岸は、当時自覚していた以上に、青春期の痛みを深く慰めていてくれた土地なのだということを、昨年各地を歩くうちに痛感しました。そして、自らが死に直面したわけではないとはいえ、私自身は、自分があの震災のあと、生きてあることを許された立場だと考えて、この十年を過ごして来ました。

 その生きてあるもののつとめとして、東日本大震災で亡くなられた方々の鎮魂を企図した小説『たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に』を、このほど言問学舎より上梓しました。多くの方々のいのちを悼むため、多くの方々の目にふれることを願う次第です。

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書名: たまきはる海のいのちを−三陸の鉄路よ永遠に
ISBN: 978-4-9910776-4-7
著者:  小田原漂情
B6判: 総ページ数272ページ うちカラー口絵32ページ
定価:  本体1600円 + 税

※全国各書店からご注文いただけます。書店様は日販・トーハン等各取次から発注可能です(有限会社言問学舎は樺n方・小出版流通センター帳合です)。アマゾンでもご購入いただけます。下記よりご確認下さい。
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Vol.300 「為すべきこと」のひとつを成して

2021年03月01日

 2011年、平成23年3月14日の当ブログに「Vol.37 瞑目」として書いた記事の結びに、次の一文を記してある。

 「やがて、昔日の報恩のために為すべきことは見出されよう。」

 日付からおわかりいただけると思うが、「昔日の報恩」とは、若いころ大きな旅の慰めと恩恵を受けた三陸の地が東日本大震災で深甚な被害を受けたことに対し、その恩に報いることであり、そのために何ごとかを為さなければならぬという率直な思いを、つづったものである。

 あの日から、まもなく十年のときが訪れる。先に引用した文章を書いた当時は、なりわいとして当然のことではあるが何日も塾を空にすることはできず、また原発事故の影響をおそれて都内の人の動きもぴたりと止まってしまったため、新入塾生を迎える春の時期に多大な影響が塾の経営に及んだこともあり、何をすることもかなわないというのが実情であった。それ以上に、かつて経験したことのない惨状を前にして、「何かをしなければ」という思いこそ募るものの、現実として動けることは何もない、そんな忸怩たる思いと焦りとを、当ブログにも記していた。だが、震災発生後3日目に記した「為すべきこと」とは、もっと前の段階として、私は物書きとしての自分のつとめを、この震災と向き合って果たさなければならぬという、ある種の自覚だったと思う。

 私は大学3年の時、奥松島と通称される、現東松島市の宮戸島を訪れて、はじめて三陸の地を踏んだ。大学卒業後、親友が宮城県気仙沼の高校の教員として同地に赴任したため、たびたび遊びに行って、三陸の土地に親しんだ。今にして思えば、癒えることのない青春の胸の痛みを、大いに癒やしてもらっていたように感じられる。その三陸の地が、あのような惨禍に見舞われたことに対して、私は書くことで、その恩に報いなければと思ったのである。いや、思ったというよりは、そのような衝動に突き上げられていたというべきであろうか。

 しかし、被災した場所をまったく目にしないままで、空想、夢想のように、作品を書くことはできなかった。2012年の9月に、三陸ではないが福島県いわきに足を運ぶことができ、そこで旧友に海岸の被災跡を案内してもらい、震災の被害の一端を、目におさめることができたのである。

 それから、半年に一度のWeb同人誌『Web頌(オード)』の発表時期にあわせ、計6回、2年半にわたって、小説「たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に」を書いたことが、第一の、「為すべきこと」の実行であった。

 小説「たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に」は、東日本大震災で犠牲になられた方々への追悼と、津波の被害によって一部区間の鉄道事業継続ができなくなったために寸断された「三陸縦貫鉄道」の顕彰を、志している。だからWeb同人誌で発表しただけでなく、「紙の本」として出版することが、その次の目標であり、「為すべきこと」だった。しかし既存の出版社からそれを刊行してもらうことを、実現することはできなかった。

 かねてお伝えしている通り、言問学舎では一昨年の春から、自社で国語教材の出版を開始した。出版事業の立ち上げに当たっては、当然『たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に』の刊行も、視野に置いていた。そしてこのほど、三陸の鉄道の貴重かつ希少な写真のご提供をいただくなど、多くの方の大変ありがたいご協力をいだいた上で、『たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に』を言問学舎から、出版する運びとなったのである。奇しくも東日本大震災の発生から満十年のときを迎えるこの3月の出来(しゅったい)となった。「為すべきこと」のひとつを、これで成し終えることになると思うので(もちろん、これですべてが終わりではないのだが)、ここにご報告させていただくものである。あわせて、本書の出版が亡くなられた方々の鎮魂のつとめを果たすよう、願わずにいられない。

※『たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に』は、2021年3月1日17時より、言問学舎にて販売を開始します。全国の書店(一部)に配本されますし、各地のどこの書店からも注文可能です。またアマゾンなどのネット書店でも、ご購入いただけます。総ページ272ページ、本体1600円+税、税込1760円。

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