言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.303 受験のこもごも/ことし2021年、忘れがたいきらめきを

2021年07月13日

 塾というなりわいに身を投じて、そろそろ20年近くなる。さらに以前、25歳の時から学習参考書の出版社に勤め、塾の先生方とお付き合いをさせていただいていたから、塾の現場に近いところへ身を置いてからは、34年目に入っている。その出版社勤務の時代、塾経営の先達である先生方から、直接の言葉ではなかったかも知れないが、「塾というものは子どもの人生を預かる、責任の重いなりわいだ」ということを、知らず知らず受け止めていたように思われる。特に二十代の若いころは、「小田原さん塾をやればいいのに」とすすめていただいても、「そんなに責任の重い仕事はできません」などとお答えしていた記憶がある。

 「子どもの人生を預かる」というのは、けっして誇大な表現ではない。中学受験の12歳、高校受験の15歳、大学受験の18歳。それぞれに、一人一人の子どもたちが、真剣に自分の将来を懸けて、受験という大きなチャレンジの場に向かうのである。大人から見れば、たとえその結果が100%希望をかなえるものでなかったとしても、道はいくつもある、気を取り直せ、と助言するべきことがらなのだが、思うような結果を得られなかった子どもたちには、時にそれは消化しきれない、大きな痛手となることがあるのだ。その後の人生に大きな影響を及ぼすという意味で、「子どもの人生を預かる」という認識が、少しも大げさなものではないということである。

 だから毎年の受験に際して、結果が思わしくなかった子に精一杯寄り添い、語りかけることが、塾長としてもっとも重い責務だと考えている。決まった進学先で、自分にできる最大の努力をすること。それで一度の受験の失敗は十分取り返せるし、そこでの生き方が、その後の人生を輝かせることもあれば、曇らせることもある。そうした意味のことを、こちらも苦しみを共有しながら、真剣に語るのである。

 今年、大変うれしく、私が言問学舎をつづける限りずっと語りぐさにするであろう、言問学舎卒業生の大躍進があった。この文章を書くことについて、本人の承諾ももらっているので、紹介をさせていただきたい。その卒業生は、高校進学にあたり、いわゆる併願校が進学先となった。進学に際し、先述した内容を話して聞かせたのは言うまでもないことだ。入学後、4月の終わりには部活動の報告に来てくれて、9月の文化祭はステージを見に行った(合唱部)。その時一生懸命やっている様子を確認し、安心もしたのだが、高校生活の最後には、大学受験という大きな関門がある。ここでは共通テストの古文について、卒業生対象として可能な限りの手助けをさせてもらったが(理系受験)、最終的に後期まで頑張り抜き、地方の国立大学の志望学部への合格、進学を果たしてくれたのである。さらに高校の卒業式では、3人が対象となっている個人表彰の2番目に、栄えある表彰を受けもした。そのことが、その子の高校の3年間がいかに充実したものであったのか(すなわちどれほどひたむきに頑張ったのか)、雄弁に語っているように思われて、感無量であった。

 つい先日、現況を詳しく聞く折があったが、地方都市での一人暮らしを、つつがなくこなしているようだ。そして大学では混声合唱サークルに入って、今も一生懸命歌っているらしい。高校での合唱部の経験が、大学でも生きている。これほどすばらしいことがあるだろうか。日ごろ受験、生徒指導というと堅い、きびしい話になることが多いから、今日は明るい、そして受験の結果に悩むお子さんたちのためになる話を綴らせていただいた次第である。これほどの明るい話題、教え子の晴れやかな快挙に立ち会えることは、長く塾をやっていてもめったにないことだ。私自身にとっても忘れがたいきらめきの春から初夏を、楽しく過ごさせていただいた。
posted by hyojo at 14:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記

Vol.302 国語における危機感の共有を

2021年05月28日

 「危機感」と言っても、新型コロナウイルス禍について言うのではない。無論そのことと無関係でもないのだが、子どもたちの「国語力」、とりわけ「読みとる力」の低下について、杞憂ではなく、ひとつの危機感を表明しようという意図である。

 「読みとる力」とは、「国語」の範疇で言うなら、文章を読んで、その文章が伝えようとしている意図や背景を正しく受けとり、さらにはそこから自分自身の身にひきつけて自身の考えを組み立てる力のことを指す。あるいはもっと単純に、「算数」の文章題で、問われている内容、何を答えるべきかということを、的確にとらえる力のことでもある。

 この「読みとる力」の低下を、近年とりわけ強く感じている。算数の文章題のことは、2010年に立ち上げた言問学舎ホームページの「国語力の重要性」の項でも、図解入りで取り上げてあるが、その記事を作った11年前と比べても、同じ条件で「問いの意味がわからない」子の比率が確実に増えている。国語についても同様、あるいはさらに深刻であると言えるかも知れない。

 私は2010年前後から、こうした国語力、読みとる力の低下は、デジタル的なものの社会への浸透が一因ではないかと考え、発信してきた。文章を読んで何かを見つけ出すということは、主体的な、アクティブな営為であるが、デジタル的なものは、それと比べれば明らかに受け身の部分が大きい。答えは待っていれば出て来ることが多かろうし、そもそも「答えを見つける」方向に、環境も学習者も置かれるというのが本質的な性格であろう。しかし文章を読んで内容を読みとることは、「(用意されている)答えを見つける」こととは異なり、学習者自身が自分の心(さらに言えば存在)と対話して、自分なりの受けとめ方を決定することであり(意識していなくとも、そういう営為だという意味で)、「待ち」ではなく、「攻め」の行動なのである。

 また、文章を読むことは、時にしんどいことでもあり、おのずと忍耐力を要求される場合もある。当然、「結果」を得るまでに、時間を要することもある。

 コロナ禍に翻弄されるうち、時代は2020年代に入っているが、いま現在、多くの子どもたちに、先述した本質的な「攻め」の学びの姿勢と、学びの場での忍耐力が、大きく欠けていることに気づかされる。それは今世紀に入ってからの、デジタル的なものの身めぐりへの浸潤と、大人の社会がより強く結果を求めるようになり、それが子どもたちの学びの世界にも及んでいることが、もたらしているのではないだろうか。

 真の国語を教える立場からの危機感を、少しでも多くの方に共有していただくことを切に願って、筆を置く。

※言問学舎としての取り組みは、「ひろく一般のみなさまへ」中、<AI時代だからこそ、「読む力」を育てましょう!>として公開済みです。ぜひご一読下さい。
http://blog5.kotogaku.co.jp/article/188700016.html AI時代だからこそ、「読む力」を育てましょう!
posted by hyojo at 14:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記

Vol.301 2021年(令和3年)3月11日

2021年03月11日

〈本日の記事のみ、敬体で記します。亡くなられた方々のことにふれるためです。〉

 当ブログでも幾度か書かせていただいておりますが、10年前の今日、2011年(平成23年)3月11日の14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0(当初発表は8.8)の巨大地震が、東北地方を中心として東日本を襲いました。1万8千人以上の方が亡くなられ、今なお数千人の方が行方不明のままだと聞きます。昨日、今日の報道では、現在も4万1千人の方が避難生活をつづけておられるとのことでもあります。

 10年前の震災当日夜に、東京都文京区でのその時の様子を記し、それから数ヶ月は震災関連のことを中心に当ブログを書いていました。津波の被害を受けた沿岸諸地域へは、2012年9月にいわき市小名浜地区を一度訪れ、昨年〈2020年〉9月に東松島市の野蒜、宮戸島から、石巻、女川、志津川〈南三陸町〉、気仙沼市唐桑地区、陸前高田、大船渡、釜石、大槌〈浪板海岸〉、陸中山田、宮古の各地を回って、手を合わせてまいりました。

 この10年、各地の復興は、当事者である方々の筆舌に尽くしがたい苦難の上に、進められて来たものと思われます。傍から見た印象だけでものを言うことは控えなければなりませんが、私が直接訪ねた場所に限っても、女川、志津川、陸前高田はかつて町のあった場所が全面的にかさ上げされ、往時の町の印象は残されていませんでした。10年前の津波は、それまでの人々の生活を根底から変えてしまい、そこに住む方々の日常も、また根底から変わってしまったのであろうということが、ありありと見てとれました。

 あの日、私自身は東京にいて、生命の危機に直面したわけではありません。しかし、二十代から三十代にかけての若き日々、親友が気仙沼にいたことから、たびたび足を運んでいた三陸の沿岸は、当時自覚していた以上に、青春期の痛みを深く慰めていてくれた土地なのだということを、昨年各地を歩くうちに痛感しました。そして、自らが死に直面したわけではないとはいえ、私自身は、自分があの震災のあと、生きてあることを許された立場だと考えて、この十年を過ごして来ました。

 その生きてあるもののつとめとして、東日本大震災で亡くなられた方々の鎮魂を企図した小説『たまきはる海のいのちを‐三陸の鉄路よ永遠に』を、このほど言問学舎より上梓しました。多くの方々のいのちを悼むため、多くの方々の目にふれることを願う次第です。

表紙PDF.jpg


書名: たまきはる海のいのちを−三陸の鉄路よ永遠に
ISBN: 978-4-9910776-4-7
著者:  小田原漂情
B6判: 総ページ数272ページ うちカラー口絵32ページ
定価:  本体1600円 + 税

※全国各書店からご注文いただけます。書店様は日販・トーハン等各取次から発注可能です(有限会社言問学舎は樺n方・小出版流通センター帳合です)。アマゾンでもご購入いただけます。下記よりご確認下さい。
https://www.amazon.co.jp/s?me=A94S50TV9JSZ1&marketplaceID=A1VC38T7YXB528
Amazon有限会社言問学舎
posted by hyojo at 15:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記