言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.305 「当事者」の覚悟を持つこと

2021年08月09日

 今日は長崎平和祈念式典をテレビで見てから出社した(ここ数年、8月6日と9日は午前中に夏期講習の授業を入れないようにしている)。長崎ではこの1年に亡くなられた被爆者の方が3,202人、これまでに奉安された、名簿に記された人の総数が189,163人に上ったという。

 例年通りの印象的な「献水」(水を求めながら亡くなられた方たちに清らかな水を捧げる)や児童合唱のほか、「平和への誓い」を、被爆当時16歳で、現在は92歳でいらっしゃる岡 信子さんが述べられた。凛としたお声で、当時の詳しい状況を語って下さり、強く胸に迫るものがあった。

 また、田上富久市長の長崎平和宣言では、93歳で世を去られたカトリック修道士、小崎登明さんの遺された言葉が紹介された。長崎市ホームページに掲載されている長崎平和宣言から、その全文を引用させていただく。

 <世界の各国が、こぞって、核兵器を完全に『廃絶』しなければ、地球に平和は来ない。
 核兵器は、普通のバクダンでは無いのだ。放射能が持つ恐怖は、体験した者でなければ分からない。このバ
 クダンで、沢山の人が、親が、子が、愛する人が殺されたのだ。
 このバクダンを二度と、繰り返させないためには、『ダメだ、ダメだ』と言い続ける。核廃絶を叫び続け
 る。
 原爆の地獄を生き延びた私たちは、核兵器の無い平和を確認してから、死にたい。>

 「世界の各国が、こぞって、核兵器を完全に『廃絶』」するために、今年「核兵器禁止条約」が発効した。が、核保有国に加え、日本もこの条約を批准しておらず、せっかく成立した条約の実効性に疑問符がつけられている。だが、田上市長の長崎平和宣言は、明快に次のように述べたのである。

 <この生まれたての条約を世界の共通ルールに育て、核兵器のない世界を実現していくためのプロセスがこ
 れから始まります。来年開催予定の第1回締約国会議は、その出発点となります。>

 そして、日本国政府と国会議員に対し、「第1回締約国会議にオブザーバーとして参加し、核兵器禁止条約を育てるための道を探」ること、さらに「一日も早く核兵器禁止条約に署名し、批准すること」を、はっきり「具体的に」求めたのである。具体的とは、こうしたことを言うのである(6日の首相あいさつ中の「具体的」「現実的」に対して)。

 さらに長崎平和宣言は、昨年からの世界のコロナ禍に関連し、「危機を乗り越えるためには、一人ひとりが当事者として考え、行動する必要があることを学びました。」と述べている。やはり今日8月9日も、ひとりひとりが考え、行動することが重要なのだということが、結論として受けとめられた。しかも長崎平和宣言は、「当事者として」考え、行動することを求めている。私も今までの歩みを点検し直し、さらに具体的に歩をすすめるべきであると思い至った、今年の長崎平和祈念式典であった。

令和3年(2021年)8月9日
小田原漂情



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Vol.304 ひとりひとりの力は小さくとも

2021年08月06日

 8月6日。今日も例年通りに、朝8時から広島の「平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)」のテレビ中継を見て、8時15分から黙禱をした。

 この1年間に、原爆が原因で亡くなり、今日名簿がおさめられたのは4800人、名簿の総計は328,929人に及んだとのことだ。そして被爆された方たちの平均年齢は84歳に迫り、ご存命の方の総数は14万人を切ったという。今から7年前、2014年8月6日のこのブログに、この年はじめて20万人を下回ったと記録してある。時を経て、今年被爆後76年となり、当時を知る方たちは、それほど減っているのである。その意味で、こども代表や、番組中で紹介された、祖母の遺志を継いで語り伝える活動をつづけている女性をはじめとして、若い世代の人たちが、「自分たちが次の世代に伝えて行く」と語ったことは印象的だった。松井一實広島市長が平和宣言の中で、「被爆の実相を守り」と述べたこととも、呼応していた。

 今日はいま一つ、注視していたことがある。「黒い雨」訴訟の上告を国が断念したことについて、どのような見解が示されるかということについてであった。「黒い雨」訴訟とは、簡略に述べると、国が認めた援護対象区域外の住民で、原爆投下後「黒い雨」に打たれて健康被害を受けた方たちが、自分たちを「被爆者」と認めるよう、国を相手どって起こした訴訟のことである。7月に広島高裁が全員を被爆者と認める判決を出したが、上告が懸念されていた。一部の報道では、首相の決断があって国が上告を断念した、と伝えられていたものだ(広島高裁の判決後、一時国は上告するよう広島県・市に要請したようである)。

 今日の広島市長の平和宣言は、上告断念云々ではなく、「黒い雨体験者を早急に救済するとともに、被爆者支援策の更なる充実を強く求めます」と言い切った。上告を見送ったことが解決ではなく、きちんと救済し、支援することこそが重要なのだという指摘であろう。一方の首相あいさつは、随所に現実的、具体的という言葉が用いられており、核兵器禁止条約への言及を回避、否定する意図ばかりが目立つ文面であった。すでに報じられている通り一部を読み飛ばした場面では、混乱というよりも理解していない様子がありありと見てとれたが、そのようなありさまで自己の実績を述べ立てても、心を動かされる聞き手はいないだろう。これまでにもまして、明確に意図を述べる広島市長の平和宣言と、触れたくないところに蓋をして歯切れの悪い首相あいさつという対比ばかりが鮮明に描き出された、2021年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式であった。

 「一人でできることは多くないが、皆一緒にやれば多くのことを成し遂げられる。」平和宣言に引用されたヘレン・ケラーの言葉である。そのことを、あらためて心に誓いたい。

令和3年(2021年)8月6日
小田原漂情


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Vol.303 受験のこもごも/ことし2021年、忘れがたいきらめきを

2021年07月13日

 塾というなりわいに身を投じて、そろそろ20年近くなる。さらに以前、25歳の時から学習参考書の出版社に勤め、塾の先生方とお付き合いをさせていただいていたから、塾の現場に近いところへ身を置いてからは、34年目に入っている。その出版社勤務の時代、塾経営の先達である先生方から、直接の言葉ではなかったかも知れないが、「塾というものは子どもの人生を預かる、責任の重いなりわいだ」ということを、知らず知らず受け止めていたように思われる。特に二十代の若いころは、「小田原さん塾をやればいいのに」とすすめていただいても、「そんなに責任の重い仕事はできません」などとお答えしていた記憶がある。

 「子どもの人生を預かる」というのは、けっして誇大な表現ではない。中学受験の12歳、高校受験の15歳、大学受験の18歳。それぞれに、一人一人の子どもたちが、真剣に自分の将来を懸けて、受験という大きなチャレンジの場に向かうのである。大人から見れば、たとえその結果が100%希望をかなえるものでなかったとしても、道はいくつもある、気を取り直せ、と助言するべきことがらなのだが、思うような結果を得られなかった子どもたちには、時にそれは消化しきれない、大きな痛手となることがあるのだ。その後の人生に大きな影響を及ぼすという意味で、「子どもの人生を預かる」という認識が、少しも大げさなものではないということである。

 だから毎年の受験に際して、結果が思わしくなかった子に精一杯寄り添い、語りかけることが、塾長としてもっとも重い責務だと考えている。決まった進学先で、自分にできる最大の努力をすること。それで一度の受験の失敗は十分取り返せるし、そこでの生き方が、その後の人生を輝かせることもあれば、曇らせることもある。そうした意味のことを、こちらも苦しみを共有しながら、真剣に語るのである。

 今年、大変うれしく、私が言問学舎をつづける限りずっと語りぐさにするであろう、言問学舎卒業生の大躍進があった。この文章を書くことについて、本人の承諾ももらっているので、紹介をさせていただきたい。その卒業生は、高校進学にあたり、いわゆる併願校が進学先となった。進学に際し、先述した内容を話して聞かせたのは言うまでもないことだ。入学後、4月の終わりには部活動の報告に来てくれて、9月の文化祭はステージを見に行った(合唱部)。その時一生懸命やっている様子を確認し、安心もしたのだが、高校生活の最後には、大学受験という大きな関門がある。ここでは共通テストの古文について、卒業生対象として可能な限りの手助けをさせてもらったが(理系受験)、最終的に後期まで頑張り抜き、地方の国立大学の志望学部への合格、進学を果たしてくれたのである。さらに高校の卒業式では、3人が対象となっている個人表彰の2番目に、栄えある表彰を受けもした。そのことが、その子の高校の3年間がいかに充実したものであったのか(すなわちどれほどひたむきに頑張ったのか)、雄弁に語っているように思われて、感無量であった。

 つい先日、現況を詳しく聞く折があったが、地方都市での一人暮らしを、つつがなくこなしているようだ。そして大学では混声合唱サークルに入って、今も一生懸命歌っているらしい。高校での合唱部の経験が、大学でも生きている。これほどすばらしいことがあるだろうか。日ごろ受験、生徒指導というと堅い、きびしい話になることが多いから、今日は明るい、そして受験の結果に悩むお子さんたちのためになる話を綴らせていただいた次第である。これほどの明るい話題、教え子の晴れやかな快挙に立ち会えることは、長く塾をやっていてもめったにないことだ。私自身にとっても忘れがたいきらめきの春から初夏を、楽しく過ごさせていただいた。
posted by hyojo at 14:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記