言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.299 「余震」のあとに

2021年02月14日

 2021年(令和3年)2月13日夜、福島県沖を震源とするマグニチュード7.1、福島県や宮城県で震度6強を観測した、強い地震が起こった。10年前に東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日14時46分に発生、マグニチュード9.0)の余震と見られるのだという。14日夜に電話で話した仙台在住の友人は、「10年ぐらい余震はあると言われていた」のだと教えてくれた。

 ひるがえって思うのは、2011年(平成23年)4月7日夜に宮城県の牡鹿半島沖を震源として起こった、マグニチュード7.4の強い地震のことだ。3月11日の本震は東京でも震度5強を観測し、私自身が経験したもっともはげしい揺れだった。その後東京でも感じる余震が多かったことと、3月11日に多数の犠牲者を出した津波への恐怖から、余震のたびに、東京にいても恐ろしい思いをしていたのである。そこへ夜遅くに(23時32分)起こった強い余震だつたから、その夜は正直、生きた心地がしなかった。実際に東北地方では3人の方が亡くなられ、200人以上の負傷者が出たということだった(死傷者の数は2011年4月11日時点に確認したもの)。昨夜の地震の際も、震源に近く10年前に被災されている福島や宮城の方たちは、どんな思いをなさったことだろうかと、案じるばかりであった。

 加えて明日15日は、低気圧で天候が乱れ、福島の浜通りには大荒れの予報が出されているようだ。昨夜の地震の余震に対する注意も呼びかけられている。昨夜の地震で被害のあった地域の方々には十分にご注意いただきたいし、衷心よりお見舞い申し上げるよりない。そして地震や悪天候が大きな被害を生まぬよう、祈るばかりである。
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Vol.298 「ヨーデル」がもたらしてくれたもの

2020年10月26日

 毎年10月26日、灰田勝彦先生のご命日に、港区の麻布十番にある先生の菩提寺のお墓参りをさせていただくようになって、十数年になる。亡くなられてから、今年で38年もの時間が経過した。当時私は19歳だったから、その時の自分の年齢の2倍の年月を、灰田先生の明るい歌とともに生きて来ることができたのである。今日はお墓の前で、長い時間、そのことに感謝して頭を垂れていた。いつものように秋のおだやかな日ざしがお墓に差し上げた水のおもてにきらめいて、明るく照り返していた。

 拙著『遠い道、竝に灰田先生』(1992年10月画文堂版)にも書いてあるし、本稿でもいく度か述べたことがあると思うが、灰田勝彦先生の『アルプスの牧場』を歌えるようになりたいと、私は19歳の時に深く念じ、教えてくれる人もいなければ教本などもない裏声(ヨーデル)を出すために2か月あまり手さぐりで練習した。そしてようやく『アルプスの牧場』が歌えるようになったのだが、そのことは自分でも予想もしていなかった、「人格の明るさ」を手に入れる結果につながった。

 今、言問学舎を経営していて、生徒や検定受検で訪れた方たちの保護者の方々から、「先生の明るい人柄が・・・」というお言葉を頂戴することがあるが、それは灰田先生の明るい歌唱を身につけようと努力したことが、結果として身にもたらしてくれた幸いなのである。

 今日はそんな幸いを思いながら、灰田勝彦先生が自らヨーデルを聴かせるために作曲なさった『アルプスのヨーデル唄い』を歌わせていただいた。今年から「言問学舎」として新しく立ち上げたYouTubeのチャンネルに投稿したので、ご紹介させていただく次第である。

https://www.youtube.com/watch?v=MnSmgazHqoI アルプスのヨーデル唄い

令和2年(2020年)10月26日
小田原漂情
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Vol.297 ふたたび『鈴懸の径』を

2020年10月16日

 10月16日。日本にハワイアンを紹介された灰田有紀彦先生の、34回目のご命日を迎えた。先生が残して下さった美しいメロディー、心にしみる歌は枚挙にいとまがない。例年もいくつかの歌について、拙い文を書かせていただいてきたが、今日はふたたび、『鈴懸の径』についてつづってみたい。

 私ごとであるが、9月の最終の土・日に三陸地方へ足を運んだ。車で回ってくれたのは、大学時代の無二の親友O君である。会うのだけでも22、3年ぶり、旅程をともにするなど25年ぶりにもなろうかという、久しぶりの再会だった。

 しかし、四半世紀ぶりにまる一日半、行動を共にしていて、感じたのは、この得がたい友との間には、たとえ何年離れていようと互いを隔てるものは生じるはずもなく、二十歳前後の学生時代そのままの距離感、空気の中で、ともに過ごすことができるということだった。すなわち我々は旧交を温めるのでなく、互いに年齢相応の風体になってはいるが、内面は四十年前と少しも変わらず、同じ時間を共有していたのだ。

 そして、私とO君の友情のバックには、『鈴懸の径』の旋律が流れているように思われる。何十年経ってもまったく変わることのない友情を、灰田有紀彦先生のあの美しい旋律が裏打ちしてくれるのだ。「友と語らん 鈴懸の径」からはじまる歌詞は、佐伯孝夫氏の作詞になるものだが、言葉はもちろんのこと、あの有起彦先生ならではのゆったりとやさしい旋律が、時を超えてなおゆらぐことのない友情を、たしかに証明してくれるように思えてならない。余談だが、灰田勝彦先生の歌われた『アルプスの牧場』のヨーデルを練習したのも、O君の下宿の近くの石神井公園であった。就職を見すえる頃になり、勝彦先生が生涯在籍されたビクター(音楽産業)に就職したいと口にした際、「いいんじゃないか。そうした一途な思いは必ず成就するよ。」と言ってくれたのも、O君だった。その件は実際の就職活動に臨む際、方向を転換することになったが、一途な思いの方はヨーデルを歌えるようになる形で成就して、今に至っている。

 こんなO君との昔日の1コマを思い出したのもまことに久しぶりだったが、それもやはり『鈴懸の径』のみちびくところであると言えるだろう。言葉ばかりでない、美しい旋律がつむぎ、つないでくれる人の思いというものを、改めてかみしめる今日、10月16日である。青空がことのほか目にしみる。

2020年(令和2年)10月16日
小田原漂情





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