言問ねこ塾長日記

言問学舎舎主・小田原漂情のブログです。

Vol.320 忘れまい、八月六日の広島の朝を

2023年08月06日

 今日8月6日、午前8時15分。広島に原子爆弾が落とされてから、78年となった。例年記している、この1年間に新たにおさめられた死没者名簿の人数は5,320人、名簿にお名前がある方の総数は、339,227人になったという。この人数は、死没者名簿にお名前がある方の数であり、原爆投下直後の惨状のもと、生死の確認が取れていない方も多い。

 今日の広島市平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)のNHKの放送では、2歳の時に被爆して十年後に原爆症(白血病)を発症して亡くなられた佐々木禎子さんのことが紹介され、禎子さんの親友だったという女性が禎子さんのことを話された。スポーツが得意な少女だったと伝えられる禎子さんは、リレーの走者としてぐいぐい差を広げてチームを優勝に導いたそうだ。また中学へ入学しながら登校できず、入院したまま亡くなった禎子さんは「中学校はどんなところか」としきりにたずねておられたという。その禎子さんのことを後世に伝えようと、彼女が在籍された広島市立幟町(のぼりちょう)中学校の級友たちの呼びかけが広まって建立されたのが「原爆の子の像」であり、「鶴を千羽折れば願いがかなう」と信じて禎子さんが薬の包み紙で折ったという鶴の形が模してあって、世界中から贈られた千羽鶴がその周囲にささげられている。 

原爆の子の像.jpg

 広島市の松井一實市長の平和宣言では、「核による威嚇を行う為政者がいるという現実を踏まえるならば、世界中の指導者は、核抑止論は破綻しているということを直視し、私たちを厳しい現実から理想へと導くための具体的な取組を早急に始める必要があるのではないでしょうか」と明確に核廃絶を呼びかけた。さらに今年は日曜日であるためか、式典の終了まで中継されたので、広島県の湯崎英彦知事のあいさつを聞くことができた。印象的だったのは、「核抑止論者」に対する直接的な問いかけである。

 湯崎知事は、「(前略)なお世界には、核兵器こそが平和の維持に不可欠であるという、積極的核抑止論の信奉者が存在し、首脳たちの示す目標に向けた意志にかかわらず、核軍縮の歩みを遅らせています。」と断じた上で、「私は、そのような核抑止論者に問いたい。」として、次のように呼びかけた。
 「あなたは、今この瞬間も命を落としている無辜(むこ)のウクライナの市民に対し、責任を負えるのですか。ウクライナが核兵器を放棄したから侵略を受けているのではありません。ロシアが核兵器を持っているから侵略を止められないのです。核兵器国による非核兵器国への侵略を止められないという現在の状況は、『安定・不安定パラドックス』として、核抑止論から予想されてきたことではないですか。
 また、あなたは、万が一核抑止が破綻(はたん)した場合、全人類の命、場合によっては地球上の全ての生命に対し、責任を負えるのですか。あなたは、世界で核戦争が起こったら、こんなことが起こるとは思わなかった、と肩をすくめるだけなのでしょうか。」

 広島市長、広島県知事の言葉が世界各国の指導者たちに届くことを、強く願う。現実に核兵器保有国の指導者が、核兵器の使用を仄めかす現在であるからだ。

 私は二十年前に言問学舎を開塾してから、東京書籍版『新しい国語』中学1年の教科書に掲載されている「碑(いしぶみ)(原形は松山善三構成で1969年に広島テレビ放送が制作したもの)」の授業を毎年行なって来た。さらに今年は、『国語のアクティブラーニング 音読で育てる読解力』シリーズの内容上の完結編として「小学5年生以上対象3」を刊行し(2023年8月1日発行)、広島と長崎の原爆のこと、戦没学徒のことを子どもたちに伝える文章を書いて掲載した。真の国語を学ぶ中で、子どもたちに大切なことを学んでもらうためである。本日、この文章のタイトル、「忘れまい、八月六日の広島の朝を」は、同書の中で広島について書いた文章のタイトルである。実際に言問学舎の授業でその文章を使いはじめており、少人数の塾での指導、また少部数の刊行ではあるが、少しずつでも、純真で想像力豊かな子どもたちに、かつて自国の戦争でどんなことがあったのかを知り、自分たちの未来のために考える力を養ってほしいと願っている。

令和5(2023)年8月6日
小田原漂情

★マイベストプロ東京/言問学舎における紹介ページ
https://mbp-japan.com/tokyo/kotogaku/column/5141602/
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Vol.319 スーパー読解『舞姫』クラウドファンディング

2023年06月08日

(ご報告とお願いのため、敬体で記します。今までの318回の中で、2、3回はあるはずです。)

 言問学舎ではこのほど、主として高校3年生に森鷗外の『舞姫』をわかりやすく、かつ深く学んでもらえる「スーパー読解『舞姫』」を発行致しました。制作資金の一部に充てるためクラウドファンディングを5月11日より募集してまいりましたが(「CAMPFIRE」にて)、6月14日の締め切りまで、あと3日となりました。

特装本.jpg
クラウドファンディングリターン専用特別装丁本

 本書を用いた授業を、すでに開始しておりますが、生徒たちの反応からみられる『舞姫』指導上のポイントと本書の特長は、以下のようなところです。

 たとえばドイツの大学に留学した豊太郎が、「自由なる大学の風にあたりたればにや(自由な大学の空気の中で生きてきたためだろうか)」、「きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり(昨日までの自分でない自分を責めるように思われる)」というくだりは、豊太郎(もしくは鷗外)が「自我に目覚める」作品といわれる根拠となる部分ですが、「そのような心境に至ったのはなぜだと思うか」とたずねてみると、スパッと答えることはなかなか難しいようです。

 「スーパー読解『舞姫』」では、この部分の模範解答(記述例)を次のように示してあります。
<日本の封建的社会の空気の中で育った豊太郎だから、生きる道も、学問も仕事も、すべて家、親、上司から与えられるものを忠実に処理するだけの「昨日までの自分でない自分」であったが、西欧の大学の自由な空気の中で自己の存在を第一義に考える「自由」を知り、自分自身が本当に生きる道を見つけるべきだと思うようになったから。>

 また、この少しあとに出て来る豊太郎の「弱く、ふびんなる心」なども、深く注意を向けずに読みすすんでしまう生徒も、少なからずいるようです。

 逐語的な解釈を順々にすすめるだけでなく、こうした作品全体にかかわる重要部分を手がかりとして差し出し、深く考えさせた上で模範解答(記述例)を示して十全の理解をはかる、それが「スーパー読解『舞姫』」の特色です(逐語的な解釈については、編著者小田原漂情自身の手による全文現代語訳を付してあります)。

 言問学舎の刊行物ですから、高校3年生を主対象とする国語教材となってはおりますが、かつて『舞姫』を読んで心に残った大学生以上の年代の方にも、楽しんでいただける本になっています。終盤にきてご支援が増えておりますが、率直に言って目標額到達までにはまだかなりの道のりがあります。最後の3日間、ぜひみなさまのご支援をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

https://camp-fire.jp/projects/view/671016?utm_campaign=cp_po_share_c_msg_backers_index
クラウドファンディングCAMPFIRE 「スーパー読解『舞姫』」
posted by hyojo at 23:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記

Vol.318 二十年の歩みをコピーから

2023年02月04日

 一般告知(ひろく一般のみなさまへ)の方ではすでにお知らせ済みだが、満二十年を迎え二十一年目に入る今年、言問学舎の国語指導の理念を全学年共通で集約することとした。以下のコピーが、その共通の理念である。

<お子さんの一生の力となる「真の国語」を、たのしく、ていねいに教えます>

 そのくわしい解説や実際の子どもたちとのかかわり方などは、下記リンク「ひろく一般のみなさまへ」の方にお目を通していただければ幸いであるが、ここでは言問学舎二十年の歩みを、創業当初は新聞折込チラシが主体であった広告のコピーの点から、振り返ってみたい。

http://blog5.kotogaku.co.jp/article/190147971.html ひろく一般のみなさまへ

@<なりたい大人に、なってほしい>

A<すべては生徒のため>

 以上2点はチラシに先立って(創業当初は某フランチャイズ塾の一教室との一体運用だったため、チラシはフランチャイズ塾のものを使用/当時は「国語と文学の教室 評定塾⦅ひょうじょうじゅく⦆としてスタートし、翌2004年より言問学舎に一本化)、ビルの4階にあった教室へ上がる階段に掲示していたコピーである。特に@については、当時通ってくれていた女子小学生のお母様から、後年町でお会いするたびに、「あの言葉の通り自分の夢をかなえています」とお声がけいただいた。
 なお@Aとも、のちによく似たコピーを目にするようになったが、使用当時は一切無関係である。

B<今、確かな一歩を踏み出そう>

 言問学舎として制作した最初のチラシのコピーで、数年間使っていた。また同じチラシに「ここに確かな『塾』があります」も登場しているが、こちらは今でも言問学舎の入り口看板(プレート)に使用中である。

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C<「塾」とは?人を育てるところです>

 近年はあまり前面に出していないが、これは言問学舎の不変のスタンスである。このコピーの下に、次の3項目を生徒たちとの約束ごととして記してある。

 1習ってない→今ここで習えばいいでしょ.
 2わからない→先生とわかるまで勉強しようね
 3.ムリ〜→無理なことはやってないの。さあ考えよう

 そして次のフレーズで締めくくっている。
「やさしくて、きびしい」先生が、お子さんたちを待っています。

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D<「やる気サイン」を見のがしません>
 
 子どもたちは、勉強がきらいだ、わからないと口にはしていても、あるとき心の奥に何かが芽生え、表面には見せずに「やる気」になっていることがままあるもの。しかし、それを隠したがるのも、思春期までの子どもには往々にしてみられることである。ただ、隠しながらも言葉の端々や、ときおり見せる表情などに、「サイン」を出し、それをキャッチしてほしいと願うものでもある。その「サイン」を見のがさず、希少な機会をきちんととらえてぐいっと引き上げてあげることで、大幅な学力向上へとつなげることができる。これも2000年代のチラシに用いていたもの。

 そして2011年(平成23年)ごろから、<『国語力』こそ、一生の力>が登場し、<国語を学んで「学力」と「感性」を豊かにしよう>などを経て、<国語の力は、一生の力>へと収斂(しゅうれん)してゆく。@〜Dとしてご紹介した理念・方針も揺らぐことなく、言問学舎の二十一年目以降は、これからの子どもたちのために以下の理念を貫きとおし、さらに磨き上げていく所存である。

   <お子さんの一生の力となる「真の国語」を、たのしく、ていねいに教えます>
posted by hyojo at 15:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記