言問ねこ塾長日記

季節講習会のご案内をしてまいります。

Vol.291 9年を経た今日、いま、言えること

2020年03月11日

 9年前のあの日も、春期休業中で、私は一人で塾の中にいた。その夜書いた文章に、当日のことは詳しく書いてある。あとで振り返ることを考えて書いたものだから、ここで全文を引用したい。

 <マグニチュード8.8、宮城県で震度7を観測した大地震。この日のことは、当日のうちに記しておくべきだろう(午前零時を過ぎ、日付は変わっているが)。
 はじめ、カタカタと塾の入口の引き戸が揺れ出した。外で子どもの声がしていたし、風のせいか、あるいはやんちゃな子どもたちが戸口のすぐそばまで来て、ふざけっこでもしているのかと思っていた。
 しかしそれにしては、何か変だ。戸はカタカタと揺れているが、子どもの気配がない。いくら風が強くても、こんなに小刻みに、しかも規則正しく扉が音を立てるだろうか。不思議に思って、戸口まで立って行って、開けてみた。やはりそこには子どもの姿もないし、かといって他の異常も認められない。
 腑に落ちぬままパソコンデスクの前に戻り、作業をしていると、今度は体に、ゆるやかな振動が伝わってくる。「あ、地震だったのか!」
 反射的に戸口へと駆けもどり、まず引き戸を片方全開にして、揺れの様子を確かめていると、はじめは過去にも覚えのある、震度4ぐらいの揺れのように感じられた。ただ不気味なことに、それがだんだん強くなり、幾度も増幅するように激しさを増してゆく。
 経験したことのない強さの揺れになると、考えられるのは、「どこまで強くなるのだろう」「いつ終ってくれるのか」ということだけになる。
 ビルが揺れていた。もしかしたら、それは自分の足元と、電線などの揺れのために、そう思えただけなのかも知れない。しかしたしかに、自分自身の足元と、周囲の対象物が揺れていたのだ。
 これは、おそらく「震度5強」であったと思われる、私の会社での記録に過ぎない(東京都文京区西片2丁目)。東北地方を中心として、深甚な被害に遭われた方々には、能天気に過ぎる記述であることを自覚する。
 それでもこのような事態が起こった時、それをリアルタイムで記述しておくことに、私は自分の物書きとしての定めを感じ、実行しなければならないのだ。
 生きのびうる命が生きのびられることだけを切に願って、筆を置く。>言問ねこ塾長日記Vol.36「2011年3月11日」(同年3月12日午前1時37分投稿)
注)マグニチュードは、その後9.0に訂正された。

 あの日、そのまま言問学舎に泊まり込み、日付が変わってしばらくしてから書き上げて、投稿した記事である。私自身はこの時点で、太平洋岸を襲った津波の巨大さを知らなかった。そしてこの投稿をした3月12日以降、信じがたいほど多くの方々が犠牲になっのだ。

 東日本大震災のあの時も、前日まで、いや揺れはじめる直前まで、私だけでなくおそらく誰もが、あのような凄惨な事態が起こるとは、微塵も考えていなかっただろう。その点は現在のわが国、のみならず世界においても同じであろうが、特に注意すべきだと思うのは、3か月前に確認された新型コロナウイルスの感染拡大に警戒をつづけて来ながら、ことによると人智の及ばない未曾有の事態になるかも知れない怖れと、終わりを見通すことのできない焦燥に、人々の心が弱って(あるいはすさんで)いるのではなかろうか、ということである。

東日本大震災の時は、都内に住んでいるわれわれは、経験のない揺れに震え上がりはしたものの、直接生命の危険にさらされる度合いは低かった。特に3月後半からは、東北の被災地のことを案じることと、福島第一原発の事故の影響を懸念して動きの止まってしまった市況に苦しむ日々がつづいた。現在、日本各地で消費が落ち込み、中小事業者の苦境が知らされる。廃業の報を見ることも多い。リーマンショック、東日本大震災、消費税8%増税時の大不況をかろうじて乗り越えてきた私にとって、決して他人ごとではない。

 だが、このような時だからこそ、言えること、誓うべきことがあると思う。それは自分自身に課せられた「なすべき仕事」を、何としてもやりぬくことである。先に引用した東日本大震災のあと、この塾長ブログ上で同様に誓ったことのいくつかは、私としてはなし終えた。未だ実行途上のものもあるし、結果的には果たせなかったこともある。しかし、なすべきことをなそうとする時、人には力が生まれて来るし、見ていてくれる人もいる。もちろんその限りでない場合のあることも知り尽くしているからこそ、それでも今、私は己のなすべきことに、すべての力を注ごうと思うのである。子どもたちの教育のために、できることをすべてやること。そして子どもたちの国語の力を伸ばすことに、全力を尽くすことである。

 9年前のあの日をふりかえること、そのこと自体が、また新しい力を与えてくれる。そのようにして、生きつづける、それしかないのだ。信じて力を尽くした先に、必ず新しい展開、新しい希望が訪れるはずである。いま言えることは、ただそれだけだ。

令和2年(2020年)3月11日
小田原漂情
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Vol.290 私の生きる道

2019年10月26日

 10月26日、灰田勝彦先生のご命日にお墓参りをするようになって、十数年になる。名古屋から、先生の熱烈なファンの方が、「足腰が丈夫なうちに灰田家の墓参をしたい」と上京され、ご案内したのが最初だった。2006年のことだったと思う。

 その方Hさんは、私が27年前に『遠い道、竝に灰田先生』を出版した際新聞広告を見て購入して下さり、若い私を気に入って下さって、二度ほど名古屋・栄のご懇意のお店をご紹介下さった。そして私がそれまで知らなかった灰田先生の貴重な資料や音源なども、惜しみなく与えて下さったのだった。この一、二年、その頃のことを思うたびに考えるのだが、おそらく現在の私の年齢が、当時のHさんのお年に近づいていることだろう。

 Hさんのおかげで、私は毎年灰田先生のご命日にお墓参りをさせていただくことができ、先生が亡くなられてからの37年間の自分自身の来し方を、灰田先生のご墓前で思い返すことができている。あの年(2006年)、Hさんが私に声をかけて下さらなかったら、私がいま現在、灰田先生のお墓参りを欠かさないという、私自身のアイデンティティの一部と言ってもいい営みを、わが身のこととすることはできなかった。毎年この10月に、灰田勝彦先生、有紀彦先生への尽きることのない感謝の思いを述べることは当然だが、私に灰田ファンとしての確固たる立ち位置をつくって下さったHさんへの感謝をも、改めて深く胸に刻んだ今日、令和元年の10月26日であった。

 今日はお墓参りをしながら、37年ぶんの感謝の思いを申し上げた。「お蔭様で三十七年間、正しく生きて来ることができました」と。そして今日YouTubeに上げさせていただいた、有紀彦先生のご作曲で昭和22年に勝彦先生が歌われた『あの日あの時』を、少しく歌わせていただいた次第である。毎年、ご墓前にうかがうたびに、灰田勝彦先生が私に与えて下さった「正しく生きる」ことのありがたさを、深く心に刻み直すのが、私のアイデンティティであり、つとめである。そして年ごとに誓い直す「正しく生きることの正しさを、子どもたちに伝えつづける」私の使命を、言葉として刻み、みずから負い直すことが、私の生きる道なのである。

https://www.youtube.com/watch?v=EkmP0pVhtPA あの日あの時  小田原漂情
posted by hyojo at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記

Vol.289 表現者の魂を思う‐令和元年10月16日

2019年10月16日

 今日10月16日は、灰田有紀彦先生のご命日である。先生が作曲なさった『森の小径』『鈴懸の径』などの稀有にして美しいメロディーが多くの日本人のこころをなぐさめ、私も青春時代から大いに救われて来たということは、例年語っている通りである。

 今年は、言問学舎で国語教材の出版という新しい道に踏み出した。今月末の出来をめざして、夏休み明けから新刊の準備を進めて来たが、ちょうど今日、その原稿がすべて出来上がったのである。先週末は台風への備えもあり、もくろみよりわずかに遅れたが、何とか今月中には製品がそろい、販売を開始できる見通しが立った。

 原稿をそろえられる見通しがついたのは、昨夜である。そして今日、生徒が登塾して来るまで作業を進めて、公に発表できる段取りをつけられた(本稿が、公表第一回であるが)。段取りのついたのは今日の午後だが、原稿があらかたできて、その見通しが立ったのは昨夜日付が変わった頃、すなわち10月16日になってすぐのことである。

 その時、私は有紀彦先生のご命日に、新刊の準備が整ったご縁を思った。無論、今回の新刊は文語文法(古文の文法)に関するもので、厳密に言えば私の創作物、表現上の作物に属するものではない。しかし言問学舎で国語を教えること、そしてその精神と技術を多くの方たちに広めて行くことは、創業以来私が全力を注いで来た道であり、小田原漂情の生きる道をあらわすものであることは疑いない。その意味で、私はこの10月16日に新刊の準備を終えたことが、灰田有紀彦先生のお導きであり、ご縁なのではないかと強く感じた次第である。

 まもなく、日付がまた変わろうとしている。私は今日一日、灰田有紀彦先生の表現者の魂に導いていただきながら、行動していたように思えてならない。

令和元年10月16日
小田原漂情
posted by hyojo at 23:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言問ねこ塾長日記